昨日2015年10月12日の玉龍寺の法要は40人以上でしょうか、いらっしゃいました。

妙なる響きのお念仏?には心安らぎ(私は何の宗派にも属していませんが、

(なぜか昔からお寺や教会等寺院が好きで、心安ぐのです。)

心に響くご住職の実体験からのご講話の後、




ラブフルートの演奏、私の活動(我が家の状態)のスライド上映しつつ講演、先住民に伝わる話をアイヌの弦楽器のトンコリを奏でつつ語りました。

衣装は

タイの夢を織る家のバントゥーファン(ナートさんご夫妻が子供を育てられない家庭や親のいない子供を引き取って20人以上でしょうかね、常時育てていらっしゃいます。そしてタイの先住民保護のために仕事の機会作っています。衣服はその製品です)の竹の繊維の藍染の服と

沖縄の泥染めのズボンです。気持ちよくよくはいてるうちに穴が開いてしまいましたが。このズボンは現地で教えていただきながら作ったもので、特別な場所の土らしいです。



  



避難移住者代表としてまだまだお伝えきれなかったことなど多々ありましたが、

  玉龍寺に集ってくださいました方々、阪神淡路震災を乗り越えてこられた方々の真摯な存在のありように背中を押された気がいたしました。

  ありがとうございます。

  阪神淡路震災当時は支援していた側が、今は支援される側となり不思議な巡り合わせの中で、たくさんのご厚意をいただき、

  胸が熱くなりつづけております。

  私のできることは何か、その問いを忘れずこれからも活動を続けてまいりますことを、お礼とさせていただくことしかできません。

  この機会を下さった玉龍寺のご住職様(ハンセン病支援、阪神淡路震災被災者支援を現在も継続、東日本震災避難者支援、災害対策講演などされています)、

  PA、スクリーンなど用意、セッティングしていただいた方々

  アナログな私を快くサポートしてくださった「ありがとうジロー」のスタッフの方々

  そして玉龍寺に集ってくださり、時間が長くなってしまった講演にも関わらず席をお立ちになることもなく、辛抱強く耳を傾けてくださった方々

  心より感謝いたします。

                                           2015.10.13  Silent Roots


HP topに戻る

〜このイベントは(以下)終了しています。〜



日時:10月12日(祝日・月)  会場 玉龍寺(神戸市長田区大丸町1丁目18−7・電話078−691−7271)
   14時から法要
   法要終了後
○お話  当寺住職 14時35分頃
○お話  Noriko SilentRootsさん(東日本大震災後に家族で兵庫県に移住されてきたお母さん)14時45分頃
講題 生老病死、一期一会 〜支援される側が支援される側に。支援されることからみえてきたもの〜
 語りと演奏  Noriko SilentRootsさん(アイヌの弦楽器トンコリと先住民に伝わる短いお話し、ラブフルート演奏)
○映画鑑賞「ありがとうジロー」
○講演  早川潤子さん(ありがとうジロー製作実行委員長) 15時20分頃
     
◎無料ですが、さい銭箱と東日本大震災支援募金箱を設置しております。お気持ちだけお入れいただければありがたく存じます。
       
「ありがとうジロー」あらすじ
 柴犬のジローと飼い主蒲谷さんは、バイクで日本一周の旅をすることになりました。
ただ旅をするだけではなく、災害被災者の救援募金集めを目的にしました。
最初は九州の雲仙普賢岳、それから北海道の奥尻島へ向かって出発したのが1994年。半年かけて目的を果たすことができましたが、横須賀(神奈川県)までの帰路では、交通遺児のために募金活動をしました。
 その翌年(1995年)、阪神大震災が起こり、神戸へ向けて二度目の旅に出ることになったのです。
その時に見た仮設住宅で生活する被災者の姿に、支援を続けなければとの強い思いを抱き、それから毎年春から年末にかけて、 五百万円を募金目標額として、全国を走り回りました。しかし、1994年4月下旬、5周目の旅先で不幸に見舞われました。 京都で寝泊りしていたテントの中で、蒲谷さんが脳内出血で倒れてしまい、緊急入院。手術で奇跡的に回復しましたが、 左半身に麻痺が残ってしまいました。
ジローは蒲谷さんを探しに走りました。長く走って、道路へ飛び出した直ぐ後で車にひかれ背骨を複雑骨折、34針も縫う大けがをしていたのです。周りは行方不明のジローをさがして大変でした。 その時、親切な京都の方が引き取ってお世話してくれましたが、偶然「ジロー行方不明」の新聞記事を読み、お父さんの元へ届けてくれました。でも、ジローの後ろ足は麻痺したままで、自力で歩くことはできません。しかし、その京都の方が親切にも犬用車イスを作ってくれて、散歩に行けるまで回復します。
 それから蒲谷さんは、数ヶ月のリハビリ期間を迎えます。その後、北海道の会社社長の協力で、新しいバイクを購入し、蒲谷さんのバイク仲間が、片手で運転出来るようにバイクを改造し、サイドカーを取り付けてくれました。ジローは車イスのおかげで移動には問題が無くなりました。 二人で何度もサイドカーの練習をし、また神戸に向かって出発しようと計画を立てます。
京都で倒れるまでに集めた募金を無事に届けることができるでしょうか?
     
※日本5週の走行距離は8万km、募金総額は708万円を超えました。