コンセプト

                「いのち」。言葉にならないもの。頭で考えても捕らえられないもの。どこにでもあるもの。

                                    「いのち」

                「いのち」                                     「いのち」。

                 私は仮死状態で産まれ、蘇生し、複雑な家庭に育ちました。
                 私と弟が生き延びるために小さないのちが消えていました。
                 





                 育った家はDV家庭でした。 
                        母親の悲鳴、流血沙汰、怒鳴り声が突発的に日常茶飯事。               
                        家族とはなんだろう?  
                        生きるってなんだろう?         
                        そう思わずにはいられませんでした。


                     10歳頃から色んな宗教と関わりを持ちました。
                 そのそれぞれが素晴らしい教えを持っていましたが、
                 そのどこにも私のハートが満足するものはありませんでした。

                      21歳のある日突然の自分の病気・母の病気。 
                       妊娠・出産・色々な身近な方のたくさんの死
                      阪神淡路震災   
                      新潟の震災     
                      東日本大震災・原発事故 

                      一瞬ですべてが変わっていました。

                      ブラウン管から見えたもの。
                     人々が家族との貴重な時間を犠牲にして蓄えたであろうものは一瞬で消えていました。
                     今まで疑うこともなかったことがまるで信用ならず、あらゆる情報が飛び交っていました。
                     町の店から一斉にパンが消えました。 


                     

            どんなことをしていても何をしていても笑っていても怒っていても死ぬ時は死にます。
                         

     
                      私たちはどうしてここにいるのか。
                            生きるとはなんだろう。
                            死とどう向きあっていったらいいのか。
 
                            何を信じたらいいのか。                                              


                             私には全くわかりませんでした。


                       今まで色々なところへ出かけていきました。
                           色々な人に聞きました。
                           たくさんの月日と費用を費やしました。
                     
    けれど私のハートは満たされたことがありませんでした。              

                       そして今また。
                       それらは私のハートを満たすものではない、と痛感しました。

                            そこで私は拠点を淡路島に移し、立ち止まりました。
                            体のケアの必要もあり、ただひたすら止まり続けました。
                        
                               

                              
               

            今まで数々の出会いがあり、私がさがしているものは古代から受け継がれている知恵、
               伝承や癒しの技術の中にあると直感し、自然農も学び、実践していましたがすべてが空虚でした。
                 
                        そこで、今まで学んできたものも休み、ひたすら止まり続けました。
                        
                               話し相手は家族以外はサボテンとソテツ。
                                  
そんな日々が続きました。

                        少しづつ、自分でも気が付かないうちに自分の中で何かが発酵されてゆきました。
                                                         
                            私にはある方からもらった名前があります。

                                     「Silent Roots」

                            そして親からもらった「則子」の名前の意味。
                     
                          それは同じ意味です。

                          

                     体が癒えてきたと同時にパズルのようにすべてが徐々に組み合されてゆきました
                                        
                        私は思い出しました。


                         
                             



                             風に揺れる木に。
                             流れる水に。
                             動物や虫たちに。
                             空を流れる雲に。
                             どっしりと受け止めてくれている大地に。
                             自分のうちに。
                             目に見えない大きな大きなものに。
                             ありとあらゆるつながりに。


                        私にはもう人の中に探し求めることは必要ありませんでした。 
                        すべてが自分の中にありました。 


                        それは誰もが普通にやっている、またはできる 
                        ごく普通の、当たり前のことでした。

                        私は今を生き、人と自然と星々とともにあります。

                                    2014.2.28  Silent Rootsこと、障子川 則子